サント=マルグリット教会は、 ノートルダム寺院でもマドレーヌ寺院でもなく、シャロンヌ地区にある小さな教会である。
1624年、ルイィ領主ジャン・ド・ヴィトリは、サン・ポール教区司祭アントワーヌ・ファイエに礼拝堂を建てるための土地を与えた。最も近い教会は遠く、宗教当局はこの労働者階級が住む地区に教区がないことを懸念していた。1703年、教会は完成し、地元の信者を迎える準備が整った。
外から見ると、サント=マルグリットはかなり シンプルな教会で、オリジナルの鐘楼と、 、スレートで覆われた 木造の鐘楼がある。しかし、この教会の最も興味深い部分は内部にある。1760年、建築家ヴィクトル・ルイがプルガトワール礼拝堂の建設を依頼された。
この礼拝堂では、イタリア人画家パオロ・アントニオ・ブルネッティとフランス人画家ガブリエル・ブリアールによる新古典主義の傑作、崇高なだまし絵が見られる。列柱、フリーズ、彫像が描かれ、礼拝堂に遠近法の美しい効果を与えている。
サント=マルグリット教会の外には、市内にある教会としては珍しい独自の墓地がある。フランス革命の際、バスティーユ広場と近くの国民広場でギロチンにかけられた300人の遺体がここに埋葬された。しかし、最も有名な墓は間違いなくルイ17世のものである。あるいは、そう考えられていた。
伝説によると、ルイ17世は1795年6月10日に タンプル牢獄で死んだ後、サント=マルグリット墓地に埋葬された。しかし、王政復古の時代にルイ18世が調査を依頼し、数十年後の七月王政でも調査が続けられた。解剖の結果、鉛の棺に収められた遺体は15歳から18歳の青年のものであり、ルイ17世は10歳の若さで亡くなったことが判明した。
否定されたにもかかわらず、墓は花で飾られ続け、「ドンジョン・デュ・テンプルで死んだ子供」を記念するプレートが今日もそこにある!
所在地
サント=マルグリット教会
36 Rue Saint-Bernard
75011 Paris 11
アクセス
地下鉄8号線「Ledru-Rollin」駅、9号線「Charonne」駅
料金表
無料
公式サイト
www.paris.catholique.fr